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代表からご挨拶
  はじめまして、宮本辰彦と申します。私は2014年に「和プロジェクトTAISHI」を立ち上げました。「TAISHI」は聖徳太子の「太子」、大きな志 の「大志」、和と愛を世界へ伝えるアンバサダーとしての「大使」を意味します。

 本プロジェクトは2022年の聖徳太子ご聖忌1400年に、「和の精神」が最初に明文化された『十七条憲法』を世界遺産に登録することを旗印に活動してい ます。日本の心であり、宝といえる「和の精神」を国内に伝え直し、さらに「WA」という新たな概念(循環と調和と寛容の精神)として世界へ発信するためです。

 なぜ私がこのたびの活動を行っているのか。損得や対価を求めることが当然の時代。その枠から外れた私の活動はいぶかられがちです。でもビジネス社会という檻に入れられた生き方はもうやめようと決めたのです。そこで私の胸の内を少しお伝えしたいと思います。

 ここに1枚の写真があります。この写真は5才の頃に、私が書いた落書きです。
 子供たちにとっての秘密基地を20才の頃に訪れたら、この落書きがそのままそこに残っていたので、私は思わずこの「なかよく」という落書きを撮りました。
 それから15年が過ぎ、自分の進むべき道を探していた35才の頃、再びこの写真を見つけ、うっすらと自分のなすべき方向性を感じ始めました。
 それからさらに15年が過ぎ、落書きを書いてから45年が経った時、私が立ち上げた和プロジェクトTAISHIの志が、言い回しをそのまま大人の言葉にしただけで、あの5才当時に書いた「なかよく」という落書きの想いを果たすためのものであることに気づきました。

 私は社会人として、家庭人として、40代後半までずっと思い悩み続けながら生きてきました。そして、戦後のビジネス社会に馴染めきれず、中途半端な生き方をしている自分を責め続けていたのです。
 ビジネス社会とは商いの社会です。そして、商いとは損得が基準の価値観です。得をすれば幸せ、対価を求めることが当然。戦後生まれの人間はたとえ商売人でなくても、多かれ少なかれこの価値観の中で生きています。ですから、損をするような生き方、対価を求めないお人好しは、社会人として考えが甘いとみられがちです。

 たとえば土地価格が高騰すれば、その売買で商いは成り立ちます。ですから商売においては、本来の適正価格と相場は必ずしも一致しません。自己啓発などのさまざまなワークショップやセミナーも同じです。相場に応じてセミナーの料金設定が行われます。中には高額なセミナーがあっても、ビジネス社会においてそれが成り立つのであれば、それは良しとされます。ところが私はそれを良しと割り切ることができませんでした。
 世の中にはそれで良しと考えて問題ないものもあります。しかし、少なくとも私が伝えたい事柄は、相場によって左右されるものでもなければ、需要があるからとそれに便乗して、高額で伝えて良いものではないと考えていたからです。
 しかし、何の後ろ盾も組織のサポートもない中で、そんな理想論や甘い考えでは生活はできません。それも承知していたので、割り切って生きられない不器用な自分を責め、それを情けないと自分を卑下していたのです。

 ところが戦前の人々は違いました。損得ではなく、自分の役割を全うすることに価値をおき、それが出来なければ恥という価値観で生きていました。もちろん戦前の人々も貧しさから抜け出て、裕福になりたいと思っていたことでしょう。しかし、それ以上に自分の役割を全うすることに価値をおいていました。

 ある時、私はそのような自分の先祖の生き方を知る機会を得ました。そして、自分の先祖だけでなく、戦前の多くの日本人がそのような生き方に価値をおいていたことを知りました。幕末の志士たちも損得に価値をおいて生きていたなら、彼らの活動はとても割に合いません。決してあのような命を狙われるような生き方は選ばなかったでしょう。しかし、そんなことではなく、それよりも国を愛し、自分に与えられた命の役割を果たそうとしたのです。この気づきがきっかけとなり、私は吹っ切れたのです。

 よく言われるように戦前と戦後で大きく人々の価値観は変わりました。
 そして、私たちは戦後の価値観の中でこの世に生を受けたので、あたかもこれが全てであり、この世の掟であるかのような錯覚を起こしてしまいがちです。
 しかし、人間の長い歴史を考えれば、このたかだか70年ほどの戦後の価値観。つまり、全てに対価を求める拝金主義の価値観が当然と考えられている世の中は、わずか点のような短い期間に過ぎず、特殊なものでしかありません。しかも既にこの価値観は100年を待たずして、破綻し始めているのです。

 私は神主でもなければ、僧侶でもありません。政治家でもなければ、実業家でもありません。しかし、この世に生を受け、自分に与えられた命の役割を果たすとは何か。
 その答えを探し求めた末に見つけたのが、和プロジェクトTAISHIの取り組みだったのです。「五十にして天命を知る」とは孔子の言葉です。そして、この言葉はそのまま現在の私の心境でもあります。

 2015年、50才になった私は総理大臣宛に親書を送りました。戦後70年の終戦記念日に発表される首相談話に、あるメッセージを織り込んでもらいたかったからです。そこであらゆる可能性を探りました。
 最終的にあるつてから元法務大臣に親書を託すことにしました。そして、その10日後の5月30日に皇居で開催された天皇皇后両陛下の傘寿を祝う会で、親書は元法務大臣から首相補佐官に手渡されました。それがご縁で70年談話が発表された8月14日の10日前に、私は永田町で首相補佐官と1時間半にわたり、面談することになりました。

 現在、私は親書の内容をさらに推し進めるため、そして、我が国が「和の盟主」としてその存在感を国際社会に発揮して、世界の恒久平和に貢献できますよう、さまざまなイベントを国内外で企画開催してまいります。どうか皆様のご賛同とお力添え賜れますよう、よろしくお願い申し上げます。
和プロジェクトTAISHI代表
宮本辰彦



 
  

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