世界に誇るべき和の精神

●イエスの愛に匹敵する許しの思想

 靖国問題はそれをより深く、より公正に考えれば考えるほど、肯定派と否定派のそのどちらの主張にも正当性があり、ますます収拾がつかなくなります。ならばこの問題は永遠に解決の糸口の見えない、後世に開けてはならない呪われた箱として、子孫に受け渡すべきものなのでしょうか。

 すべての問題を解決する手がかりは「愛」です。
 責め裁き、恨み憎み、否定することではなく、許し、祈り、活かすことなのです。
 そして、これこそが正に私たちが先人たちより受け継いできた、和の精神の基なのです。

 日本が世界に誇るべき「和をもって尊しとなす」という和の精神は、単に仲良くするということではありません。仲の良い者同士が仲良くすることは容易いことですが、争い耐えないこの世の中にあって、たとえ相手がどのような者であれ、それを赦し、受け入れ、認めるという思想、それが和の本義なのです。
 そして、この和の思想こそが、言葉や教えによらず、四季折々の大自然の中から、日本人が身をもって体感し学んできた、イエスの説く「愛」に匹敵する、許しの思想なのです。

 つまり、A級戦犯といわれている人たちや、戦争責任を追求されて然るべき人たちであったとしても、御祭神として祀られるべき法的な根拠と公平性の基準を満たしていれば、彼らも例外なく赦し受け入れ認めるというのが、日本人が古来より受け継いできた和の精神の基にある、「許しの思想」、そして神祀りの仕方なのです。
 だから、これは単に作為的な意図や無責任な妥協によるものとは本質的に違います。

 いくら負けたからとはいえ、二度にわたり無差別に原爆を落とした敵国を、これほどまでに愛して、赦し受け入れ認める民族が、他のどこにあるといえるでしょうか。それもやはり逆らうことの出来ない大自然の摂理の中で、長年培われてきた許しの知恵、すなわち過去に囚われずに新しく生まれ変わって生きるためには、「すべてを水に流して許す」という、禊ぎの思想がこの民族の根底にはあるからです。そして、それは正に「禊ぎにはじまり、禊ぎに終わる」という、神道(日本人)の考えそのものなのです。また、この思想があったからこそ、日本は世界に類例のないほどに、ここまで復興し、蘇ることが出来たのです。

●日本の禊ぎと和の思想が靖国のみならず世界の恩怨を解く鍵

 今回の靖国問題については、これまで賛否両論渦巻く中、そのどちらにも正当性があり理屈もあり、そのために収拾のつかない論議が繰り返されてきました。それはあたかも人類がこれまでに世界で繰り広げてきた戦争の根源にある、終わることのない互いの正義と怨恨のぶつかり合いが、そのまま靖国問題にも発現されているからなのです。しかし、それではこの問題は永久に解決しません。

 私たちがこの日本に生まれてきた存在意義。
 それは古来先人たちより育まれてきた、和の精神、禊ぎの思想を確実に受け継ぐことによって、この世界に誇るべき「和をもって尊しとなす」という、許しの思想を国際社会に示し広めることではないでしょうか。そのためにもまず世界の恩怨の縮図ともいえる、この靖国問題を解決しなければなりません。
 つまり、世界が注視するこの靖国問題を通して、世界平和の鍵を握る日本人の和の神髄である「強い愛の力をもって大きく和する」という大和の精神を、靖国神社での神祀りの仕方によって、臆することなく国際社会に根気良く伝えて理解してもらうことなのです。
 したがってそのような意味合いを持ったとき、もし日本の首相が靖国参拝を外国の要求にしたがって、その場凌ぎに取りやめたなら、それは紛れもなく古来より日本人が育んできた、和の精神を否定することになり、大局的にみたならば後々の影響は量り知れないものがあるのです。

●民族の精神性に基づく大和魂があって初めて活きる平和憲法

 確かに敗戦によってもたらされたものとはいえ、日本国憲法は日本民族の元来の精神性を示す、正に和の国にふさわしい「平和憲法」だといえます。
 しかし、残念ながらまたその敗戦によって、私たちは自らの精神性を、民族の誇りと共に失い、和の神髄である「強い愛の力をもって大きく和する」という大和の精神が分からなくなってしまいました。
 つまり、「仏作って魂入れず」と言われるように、大和魂を失った民による、ただの反戦「平和憲法」になってしまいました。

 あまりに酷な実際の戦争体験と軍国主義の反動から、確かに戦後の日本人は迷いなく平和憲法を受け入れました。しかし、戦後60年を経て、戦争を知らない世代が大半となった今、平和憲法を堅持しようという日本人の意識も、国際情勢の変化と共に次第に薄れてきました。
 それは日本国憲法が民族の精神性に由来した理念からではなく、外部からにわかごしらえに与えられた理想論によるものだからに他なりません。
 だから、人々の戦争体験の風化と共に、それを国や国民が信念と誇りをもって誠実に守り通そうという、強い意識にならないのです。

 だから、その入れるべき魂を得るためにも、私たちは先人たちを求め愛して、悪逆非道な軍国主義の日本民族という、敗戦国がその定めとして例外なく受ける歴史的な悪者のレッテルを克服して、彼らと再び心情的につながり、太古の昔からこの民族が子々孫々まで受け継いできた、和の神髄を学び直さなければならないのです。
 それを成し得たときにはじめて、日本国民の総意に基づく平和憲法として、新たに命が吹き込まれるのです。

 強い愛の力をもって大きく和する大和の心。
 この精神をまずは私たち自身が取り戻すことで、はじめて理屈では割り切れない感情的な縺れからくる靖国問題を解決し、さらに日本人の魂を蘇生させることが可能となるのです。


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