A級戦犯の合祀問題

●日本人(神道)の神祀りの仕方

 ヒンズー教の創造と破壊の神シバのように、神道の考えでもやはり神には多面性があり、神社で祀られている神も、必ずしもその全神格を祀っているのではありません。
 たとえば伊勢神宮の内宮では、天照大神の和魂の部分を正宮で祀り、荒魂の部分を荒祭宮で祀っているのです。

 つまり、人が死後に神として祀られる場合にも、その全人格を祀っているのではありません。
 私たちの心の中には良い心、尊い心もあれば、悪い心、醜い心も混在しています。そして、それが人間というものです。
 神社ではその悪い心や醜い心までをも神として祀っているのではなく、生前、その人の中にあった、美しく尊い心の部分を、神として祀るというのが神道の考え方なのです。
 靖国神社においても同様で、A級戦犯であろうと、一般の戦没者であろうと、一人の人間である以上、完全無欠であるわけはなく、その全人格を神として祀っているのではありません。あくまでも祖国のため、愛する人のために犠牲となった、彼らの誠の心の部分を祀っているのです。

 あるいは戦で非業の死を遂げた大将であれば、その恨みの念が人々に災いをもたらさぬように、その魂を鎮めて弔い、同時にその内にある、尊い心の部分を神として祀るというのが、神祀りなのです。

●何よりも問題は日本人が自国の精神文化を説明出来ないこと

 したがって、外国からの反発をかわすために、彼らの要求を受け入れて、英霊との信義に基づく首相の靖国参拝を取りやめるという、自らの精神文化を否定するような手段を選択するよりも、こうした日本人の精神性や宗教観を誤解のないように、外国に正しく伝えて理解を得られるように、努めることの方が肝要なのです。

 しかし、問題は私たち日本人自身が、英霊に対する信義を忘れて、自らの精神文化を分からなくなってしまったことなのです。
 形ばかりが残り、神道の精神に基づいた夏祭りの意味、御輿の意味、獅子舞の意味、ひな祭りや端午の節句の意味、年末の大掃除や、正月の鏡餅やお飾りの本来の意味といった、この国で当たり前であったはずの文化の意味を、今日の多くの日本人はもう知りません。
 だから、そんな自国の文化について聞かれても、何も説明することの出来ない日本人の姿を見て、多くの外国人はそのことを奇異に感じたり、馬鹿にしたりもするのです。

 しかし、分からないなり、知らないなりにも、こうした神道の精神に基づく日本の文化が、自分たちにとっては一宗教の行事などではなく、日本人の精神文化そのものであることは、誰もが認めることでしょう。
 靖国参拝もまた、日本人にとってはいわゆる一宗教以前の、民族的な精神文化に由来する、死者の弔い方であり、祀り方の一つなのです。

 だから、一切の民族色や宗教色をなくした無味乾燥な追悼慰霊施設を設けて、そこに戦没者を移すということは、もうそれ自体が自らの精神文化を否定し、捨ててしまうようなものです。一体、他のどこにそのような、自分たちの民族性を否定する民族がいるでしょうか。
 しかも、戦没者たちは祖国や同胞のために亡くなったはずです。それなのにそうした民族的な儀礼を否定したような祀り方では、彼らに対しても甚だ失礼にあたるのではないでしょうか。

 いずれにしても、こうした自国の精神文化に対するあまりの無知が、自らの精神的な行為に対して、確信を持った説明をすることが出来ずに、外国からその行為を責められる材料を、徒に作ってしまっているのです。それはあたかも「十字架に磔にされた人を祭壇に祀るとは、何と邪教にして残虐極まりない宗教だ」と、異教徒から責められても、そのことに対して返す言葉を持てないクリスチャンであるかのようにです。

●民族的な精神文化を政教分離の原則に照らす愚かしさ

 A級戦犯の合祀問題からではなくて、政治と宗教は分けるという「政教分離の原則」の観点から、靖国神社という一宗教団体の施設へ首相が参ることは、この原則に反するという意見もあります。しかし、たとえばアメリカ合衆国の建国の起源を紐解いたとき、たとえ現在はさまざまな民族と宗教が混在する多民族国家であるとはいえ、元来がキリスト教信徒によって建国されたキリスト教国であるアメリカにとっては、キリスト教は一宗教ではありませんでした。したがって現在でも大統領就任の宣誓式のときに、聖書に手を乗せることは、なんら政教分離の原則に反するものではないというのが、アメリカ国民の認識なのです。

 それと同様に元来が日本人の精神文化そのものである神道形式の施設に参ることは、外国人や外国の元首が靖国神社へ参るならいざ知らず、日本人や日本の総理大臣にとっては、一宗教の施設に参ることとは意味が違います。それをもし否定するならば、日本人が共有して持つべき、民族の文化風習を否定することにもなるでしょう。
 しかし、それならば神道に由来する正月の門松も鏡餅もお飾りも、あるいは鯉のぼりも雛飾りもすべて、公の場では否定されるべきはずです。しかし、さすがにそのような考え方は全くナンセンス極まりないことは言うに及びません。

 これはちょうど昭和から平成に年号が変わり、天皇の即位に伴い、国の儀式として執り行われてた「即位の礼」にも当てはまることでした。
 すなわち即位の礼を前に、日本国の象徴となるべき新天皇が、古式にしたがい天照大神をはじめとする、八百万の神々に拝礼をする儀式がテレビでも紹介されましたが、そのことを政教分離の原則に反すると取り沙汰されるようなことはありませんでした。それはいくら天皇が日本国の象徴だからと、宗教色を完全に排除しようとしても、元来が神社神道の最高位にある天皇の即位である以上、それは不可能だからです。それにも関わらず、もしも宗教色を完全に排除しようとしたなら、その存在自体を否定することになってしまうのです。

●処刑されたA級戦犯を公務死とした当時の日本人の心情

 ところで、8月15日の終戦記念日に靖国神社の隣にある日本武道館で、毎年行われている「全国戦没者追悼式」では、B級C級はもちろんのこと、A級戦犯も慰霊の対象として、その遺族が招待されていることを、皆さんは知っていますか。

 また、昭和27年4月28日に発行されたサンフランシスコ講和条約の後に、東京裁判で判決の下った戦犯に対して国民の同情が集まり、そのことで何と当時の日本の人口の過半数に迫る、およそ4000万人もの署名が集まるような、一大国民運動が起こったことを知っていますか。その結果、戦犯の遺族にも「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」が適用されて、遺族年金、弔意金、扶助料などが支給されるようになりました。そして、さらに戦犯である受刑者本人にも、恩給が支給されるようになったという事実を、皆さんは知っていますか。

 つまり、あるゆる戦犯と呼ばれる人たちは、日本の国内法では決して罪人として裁かれてはおらず、したがって犯罪者扱いではなかったということです。だから、処刑された者たちも、刑死ではなくて、公務死として扱われているのです。事実、処刑されなかったA級戦犯たちの中には、後に外務大臣や法務大臣となったり、あるいは勲一等を授与された者や、さらにはA級戦犯に指定されながらも不起訴となり、後に総理大臣にまでなった者がいたことからも、彼らが決して国民から犯罪者として糾弾されていた者たちではなかったことが伺えます。
 なぜなら彼らは戦争という「果たし合い」に負けたが故に、敵国によって執り行われたいわゆる復讐裁判で裁かれたに過ぎないからです。

 A級戦犯がやがて靖国神社で合祀されるようになったのも、こうした経緯があってのことでした。
 靖国神社で祀られる御祭神の選考基準も、それまでの戦争とはその規模も性質も全く異なる第2次世界大戦では、従来の選考基準では当てはまらなくなりました。そこで法的な根拠と公平性から、国の定める「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」の該当者という基準によって、現在の厚生労働省と靖国神社の共同作業の下で、御祭神は選定されました。そして、こうした法的な根拠と公平性の結果として、A級戦犯も靖国神社で合祀されるようになったのです。

 しかし今日、国民の多くはこうした経緯を知りません。
 つまり、当時の人々の心情を知ることなしに、結果だけで判断してしまっているということです。


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