日本の心、それは大和 

私たち日本人は戦後、自分たちの心を見失ってしまいました。
それが今日のさまざまな、本当にさまざまな、個人から社会レベルに至るまでの問題を生んできました。

それでは一体、私たち日本人の心とは何だったのでしょうか。
和洋折衷、和式、和風といわれるように、「和」は日本そのものを指していう言葉です。
しかし、それと同時に「和」は日本の心を表していたのです。
つまり和の精神です。
平和の和、調和の和。「和を以て貴しとなす」の和。

しかし、多くの人はここで一つの誤解をしています。
和とはまるで自分の個性を抑えて、控えめにすることで、全体を丸く収めて、互いに関わり合うことだと考えていることです。しかし、これは消極的な和であって、和の本義ではありません。

大きく和すること。
つまり「大和」(やまと)。
これこそが和の神髄なのです。

大きく和するとは、一人一人がまず自らの個性を最大限に発揮して、自立することです。
つまり一人一人が大きな存在となること、その上でそうした者達が互いに和すること、それが大和です。
決して自分の個性を抑えて、歯車のように自らの存在を小さく押し殺すものではありません。

しかし、自らを最大限に発揮するということは、同時に自己主張をして、我を張ることにも通じます。

そして世界の民族紛争、宗教戦争などは、この互いの我の張り合いによるものです。

それではどうすれば、大きく和することが出来るのかといえば、それが「愛」の力なのです。

しかし、それぞれに違った個性の者同士が和するためには、生半可な愛では到底叶いません。
強い愛、つまり強い精神力に裏打ちされた愛が必要です。

つまり、大和とは、強い精神力に裏打ちされた愛によって、大きく和するという、
極めて積極的で前向きな力強い精神のことなのです。
それが日本人の本来の心、「大和魂」の真意です。

そして大和とは大自然そのもの、宇宙そのもののことです。
なぜなら「あの栄光栄華を極めたソロモンでさえ、この野に咲く一輪の花ほどにも着飾っていなかった」という、イエス・キリストの言葉にもあるように、この自然界のすべての存在は、自らの個性を最大限にアピールしているにも関わらず、見事に調和しているからです。
そしてこのことが成されるために、この宇宙は目に見えない、強く大きな愛の力で貫かれているのです。

だから、私たちの先祖たちはこの自然や宇宙から、大和の精神を学ぼうとしてきたのです。
それが、神ながらの道、即ち、神道です。そして、これが日本の心そのものであり、大和魂なのです。

そして、数学のゼロを発見したのがインド人ではあっても、それがインド人のためだけの発見ではなかったように、またイエスの尊い教えがクリスチャンたちのためだけではなく、全人類にとっての尊い教えであるように、日本が生んだこの大和の精神は一つの民族や宗教のためだけのものではなく、これからの時代の指針として、世界に指し示すべき普遍性を持った思想なのです。

しかし、それを私たち日本人自身が失ったがために、その精神性は戦後五十年のうちに見る影もなく、転がり墜ちるように崩れていってしまったのです。

日本の心、それは大和。

もう一度そのことを思い出さなければいけない時期に、私たちは来ているのではないでしょうか。

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