神 道
〜神ながらの道〜

神道はみそぎに始まり、みそぎに終わるといいます。
また神道は自然の中に神を見いだし、自然を神として崇め敬います。
さらに人は神の子として、その霊性を高めることで、少しずつ神に近づくといいす。
そして、神ながらの道はそのすべての答えを、やはりこの大自然の中に見いだすといいます。

この宇宙は「他を活かす」そして「調和」という法則から成り立っています。
つまり、一言でいえば「愛」です。

そして、神が愛であり、その大御心もまた愛であるならば、私たちが霊性を高めて神に近づくとは、愛を育み、少しでも愛ある魂になるということです。

そして、その育むべきは人に対する愛はもちろんのこと、自然を愛し、国を愛し、世界を愛すること、すなわち親である神と同じように、すべてのものを愛する心です。私たちがこの世に生を受けたのも、人や万物などのあらゆるものを通して、愛を育み、霊性を高めて、少しでも親である神に近づくことにあります。

そして、今もなお無限に膨張しつづけるこの大宇宙の中に、さらに銀河系宇宙や太陽系宇宙などの無数の宇宙があるように、私たちもまたこの大いなる神の中にあって、一人一人が無数の神となるべく存在しているのです。

そして、愛や慈悲を体現し、神や仏と呼ばれたイエスや釈迦が、同時に人類史上稀に見る大神通力者であったことからもわかる通り、人は愛を育み霊性を高めることによって神に近づき、必要に応じて神通力も備わっていきます。

しかし、その反対に愛を育くまずして、神通力だけを身につけたなら、その人は世を惑わせ、我が身をも滅ぼすこととなります。

私たちは自らの愛を育むために、つまり神に近づくために、みそぎをします。
なぜなら穢れた心のままでは、愛することも愛を育むことも出来ないからです。
穢れた心のままで愛そうとするならば、それは諸刃の剣となって、双方を傷つけてしまいます。そして、そこから罪、咎、穢れが生じるのです。

私たちは未熟であるがゆえに、愛を育むべきこの世で、多くの罪、咎、穢れを生んでしまいます。

だから、私たちはまずみそぎによって自らを祓い清め、その後に愛を育むべくこの世を生き、さらにそこで負ってしまった罪、咎、穢れを、再びみそぎによって祓い清めるのです。

つまり、みそぎに始まり、みそぎに終わるとはこのことです。

そして、忘れてならないのが、感謝の気持ちです。
「感謝」とは私たちが愛を感じている瞬間の、心の働きです。
日々、何事に対しても感謝の気持ちに溢れている人というのは、それだけ何事に対しても、愛を感じる感性を持っていることを意味します。

私たちは神の愛、つまり、大御心を感じずして、自らの愛を育むことは出来ません。
したがって愛を育むためには、どれだけ口先からではない、心からの感謝の気持ちを持つことが出来るかということが肝要です。

すべてのことに感謝出来る心、それが即ち、すべての事象に愛を感じることが出来るということです。
そして、そのことによって、自らの愛を育み、霊性を高めることも可能となるのです。

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