人災は憎しみを生み、天災は奇跡を生む

第二次世界大戦以来、日本は多くの国々から、侵略国家、軍国主義国家というイメージを持たれてしまいました。そして、日の丸のイメージもその象徴となってしまいました。

しかし、日の丸の本来の意味は、侵略でも軍国主義でもなく、「平和の象徴」であり、「和の象徴」です。
そして、すべてのものにあまねく恵みを与える太陽、すなわち太陽神である天照大神を表しているのです。

ところがいくらそのような本来の意味があったとしても、一度つけられてしまったレッテルをそう簡単に覆せるものではありません。
ましてや政権を維持し、自国民をまとめるために反日教育を国是としている国からの評価を変えることは奇跡に近いといって良いでしょう。

「人災」の最たるものである戦争が、人々の心に悲しみと憎しみを生むことは、誰もが知っていることです。

それでは「天災」はどうでしょうか。

たとえば1995年に起こった阪神大震災では、6000人もの犠牲者が出ました。
ところが震災によって多くの悲しみがもたらされた一方で、考えられないような多くの奇跡もあそこで生まれました。

たとえば広域指定暴力団がいち早く被災地に、おむつやミルクを届けたという、平常時では考えられないような奇跡。

あるいは大人たちがどうすることも出来なかった、当時から心配されていた若者たちの荒廃した心を、震災が一気にボランティアへと駆り立てたという奇跡。

このように「天災」は時として、私たちに奇跡をもたらしてくれます。
それが天災が「天」災たる由縁でもあるのです。

この地球はこれから、かつてない「天災の時代」を迎えることは、専門家たちが異口同音に唱えていることです。つまり、それは多くの奇跡も生み出されていくということでもあります。

そこで私たちの国、日本が「災害立国」であることの意味を、天の利を活かすために、今一度考えてみることが必要となってくるのです。

日本は台風や地震など、自然災害が非常に多い「災害立国」です。
だから、危機管理に疎いといわれながらも、こうした自然災害に対するノウハウは他国に比べれ、随分蓄積されています。

たとえばスマトラ沖地震による大津波が起こった時には、日本のような津波警報はあの地域では出されなかったと聞きます。
しかし、日本では震度1度の微弱な地震でも、津波の心配の有無をテレビやラジオは知らせます。

今回の四川省の大地震でも、最先端レベルの日本の国際救助隊の活躍が大いに期待されました。
諸々の事情で結果的に実働2日と短かったものの、どこの国よりも早く、日本の救助隊が現地入りしたことも含めて、その活躍は中国国内でも大きく報道されました。
その結果、ついこの間まであれほど強かった反日感情が嘘のように、日本に対する中国人のイメージが変わり始めているのです。
ここでも、一つの奇跡が起こったのです。

そこで今後も世界の至る所で勃発するであろう天災に際して、日本がどこの国よりも迅速に救援救助に出動することを繰り返していったなら、日本に対するイメージ、救助隊員の制服に縫われた日の丸のイメージは、奇跡のように好転していくことは間違いないでしょう。
そして、侵略国家、軍国主義国家という汚名から、和の民族である日本、平和の象徴である日の丸、という本来の姿や評価に正すことも、決して不可能ではなくなってくるのです。

だから、日本政府はそのことを十分に認識して、これから人類が迎えるであろう「天災の時代」に際して、天の利というタイミング、チャンスを活かして、災害国への救援をどこよりも迅速に行うことが大切になってくるのです。

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