天照大神の愛をもって、天孫ニニギノミコトが日本列島に天下った時に出迎えたのが、それよりも遙か昔に先に日本列島に辿り着いた先住民族の頭領である、猿田彦大神でした。天照大神の愛の教えをその一族と共に乞い待ちわびていた猿田彦大神は、天孫をこの地に導き案内した後に、天照大神の教えを持って伊勢の地に定住しました。

それから幾代の時が過ぎ、第10代崇神天皇の時代に、それまで宮中で祀られていた天照大神の御魂をしかるべき地に祀るべしという大神からの啓示によって、皇女・倭姫命が先代から引き継いでその地を探し求めていたところ、再び猿田彦大神の末裔である猿田彦神族が、今度は自らの土地を献上して、そこに天照大神を祀る現在の神宮が創建されました。

このような経緯から猿田彦大神とその神族は、いわば天照大神に対して真に従僕にして、その教えの守護神ともいえるでしょう。その御神徳を西洋における聖書の人物に例えるならば、何十万ものユダヤの民をエジプトより導き出したモーゼの圧倒的な指導力、来るべき日に備えてひたすらに神の言葉に従ったノアの強靱な信仰心、それらを併せ持つ質実剛健なる働きといえるでしょう。

またその絶大なる御神徳の証として、伊勢神宮の正宮の北側、御垣内西北隅に、猿田彦大神は天照大神を守護する大宮所の地主神として鎮座しているのです。
さらに天照大神に真に忠義な猿田彦大神とその神族は、その功績により伊勢神宮の創建された翌年に、北伊勢の鈴鹿の地に彼らを祀る社として、倭姫命に下った神託により椿大神社が創建されたのです。

宮本辰彦

大和の心